愛着とは
イギリスの精神科医、Bowlby(ボウルビィ)が初めて提唱した心理学的理論。他人や動物などの特定の対象に対して築く特別の情緒的な結びつき。とくに幼児期までの子どもと育児する側との間に形成される母子関係を中心とした情緒的な結びつき、確固たる絆である。
その後の子どもの社会性の発達はもちろんのこと、大人になってからのストレス耐性や生き方そのものにも重要な役割を持つ。
愛着によって育まれる機能
-
信頼関係を築く力
子どもは、養育者との間に愛着を築くとその養育者に甘え依存するようになる。養育者に甘え、受け入れられるやりとりを通じて、人とかかわる楽しさや喜びを体験し、他者との信頼関係を学習する。
-
自己表現力、コミュニケーション能力
愛着を形成した相手に自分の要求を伝える、相手の要求を受け入れるということを通して、子どもは自己表現することの楽しさや難しさを学習する。表現力やコミュニケーション能力が向上していく。
-
安全基地(の概念)の形成と確保
子どもは不安や危機を感じたときに、愛着の対象者と愛着の対象者のいる空間を「安全基地」と見なし、自分の身を守る力を身につける。
愛着の形成時期
愛着の形成期は、生後半年から一歳半までの約1年間。この時期は、愛着形成の臨界期と呼ばれ、愛情深く世話をしてくれた存在との間で特別な絆(愛着)が生まれるだけでなく、安定した愛着を獲得することによって、社会性ストレス耐性などが高まり、その後の人生において持続的に生き方へ影響を与える。
愛着障害とは
愛着形成時期に、十分な愛着関係を築くことができなかった場合、不安定な愛着を抱えた状態になる。愛着形成後でも、その絆が失われる環境に陥ると、同様に愛着が不安定になる。
愛着が不安定になると、養育者との関係のみでなく、対人関係全般や情緒・行動・発達にまで支障をきたす。この状態が深刻な場合、愛着障害と呼ばれる。
愛着障害は幼少期のみならず、大人になっても持続して様々な障害を引き起こす。
大人の愛着障害にみられる特徴
- 安定した人間関係を築くのに困難を抱え、仕事やプライベートでトラブルを抱えやすい
- 心の病気や障害を発症しやすく、様々な二次的障害を抱えやすい
- 感情の切り替えや抑制が困難
- 自分肯定感が低い
- 「白か黒か」「全か無か」「100か0か」といった白黒思考に陥りやすい
- 微熱や胃腸の不調が生じやすい
- ストレスを感じやすく、ストレス耐性に弱い
- その他種々の不定愁訴(自律神経失調)がある
- 発達障害と似た症状がみられる
愛着障害のタイプ(心理学的分類)
愛着障害のタイプは、回避型、抵抗型・両価型・不安型・とらわれ型、無秩序型・混乱型に分類される。この分類は、医学的診断に用いられる区別ではなく、養育者との愛着関係に抱える課題を判定し、症状化した場合のリスクの予測に役立てることができる。
精神科医であるボウルビィは、子どもの愛着パターンを安定型と2つの不安定タイプに分類したが、後に1986年になってメインとソロモンが無秩序型を発見した。
愛着のタイプは、アメリカの発達心理学者メアリー・エインスワースが開発した新奇場面法によって調べることができる。
※新奇場面法は、一時的に子どもと母親を引き離し、しばらくしてから再会させ、その間の子どもの様子を観察するテスト。
回避型の愛着障害にみられる傾向
ネグレクトや養育者の無関心・関心不足による場合が多い。1~2歳までに養育者(母親)から感受性(子どもの感情を察知すること)の乏しい世話しかいない傾向。ひとり親環境。自尊感情が低い。
全体の15%。親にほとんど頼らず、一人になっても寂しさを感じず、親と再会しても無視したりする。
抵抗型・両価型・不安型・とらわれ型の愛着障害にみられる傾向
一時期まで愛されて育ち、なんらかの原因でその環境を失った傾向。過保護の時期と、その後の関心低下が典型的。
その他、母親の不安定な愛着、養育者の交代や喪失(養育者の死亡、入院、別居、離別など)、養育者の不在や関心低下。両親の不和、子どもの遺伝的(先天的)要因、発達の問題がある。心に傷を背負いレジリアンス(精神的な回復力)が低い。受動的思考の傾向。
全体の10%。親から離れられず、親がいなくなると激しく動揺し、再会すると親に怒りを示すこともある。
無秩序型・混乱型の愛着障害にみられる傾向
ひとり親、貧困、虐待、親の依存症や精神障害などがある場合、高確率で無秩序型の愛着障害が確認されている。虐待や養育者の情緒不安定による場合が多い。高確率で「安全基地」のない異常な家庭環境や機能不全家におかれていた環境である。アダルトチルドレン(AC)とも呼ばれる。認知の歪みを伴う。
全体の15%。対人関係を避けて引きこもろうとする人間嫌いの面と、人の反応に敏感で見捨てられ不安が強い面の、矛盾した両方を抱えているため、対人関係はより錯綜し、不安定なものになりやすい。心の中では他人への恐怖がうずまいていて、他人に心から親しみを感じることできない。根底に解消のしようがない恐怖がある。
あらゆる不定愁訴を抱える。
このタイプの障害の代表的なものが、境界性パーソナリティー障害(BPD)と解離性障害(DID)である。2つのタイプの違いは、同じ無秩序型・混乱型であっても回避型要因に近い環境であった場合は解離性障害、不安型要因に近い環境であった場合は境界性パーソナリティー障害の傾向が強いという研究結果もある。
※その他60%は、愛着障害のみられない「安定型」に分類される。
愛着障害のタイプ(医学的分類)
一方、医学的に愛着障害は、他者に対して過度に警戒し、自分の世界に閉じこもってしまう抑制型の「反応性愛着障害」と、誰にでも過度になれなれしく、懐こうとする脱抑制型の「脱抑制型愛着障害」に診断が分けられます。
世界保健機関(WHO)が定める「ICD-10」(国際疾病分類 第10版)による診断分類での定義は以下のとおり。
反応性愛着障害
5歳までに発症し、小児の対人関係のパターンが持続的に異常を示す特徴があり、その異常は情動障害を伴い、周囲の変化に反応したものである。(例:恐れや過度の警戒、同年代の子どもとの対人交流の乏しさ、自分自身や他者への攻撃性、惨めさ、成長不全)。この症候群は、両親によるひどい無視、虐待、または深刻な養育過誤の直接的な結果として起こるとみなされている。
診断基準
- 5歳以前の発症。
- いろいろな対人関係場面で、ひどく矛盾した、両価的な反応を相手に示す(しかし間柄しだいで反応は多様である)。
- 情緒障害は、情緒的な反応の欠如や人を避ける反応、自分自身や他人の悩みに対する攻撃的な反応、および/またはびくびくした過度の警戒などにあらわれる。
- 正常な成人とのやりとりで、社会的相互関係の能力と反応する能力があるのは確かであること。
脱抑制型愛着障害
5歳までに発症し、周囲の環境が著しく変化しても持続する傾向を示す異常な社会的機能の特殊なパターンである。たとえば、誰にでも無差別に愛着行動を示したり、注意を引こうとして見境なく親しげな振舞いをするが、仲間と強調した対人交流は乏しく、環境によっては情動障害や行動障害を伴ったりする。
診断基準
- 広範囲な愛着が、5歳以前の(小児期中期にまで持続していなくてもよい)持続的な特徴としてみられること。診断には、選択的な社会的愛着を十分に示せないことが必要であり、次の項目に該当する。
(1)苦しいときに、他人から慰めてもらおうとするところは正常。
(2)慰めてもらう相手を選ばないというところは異常である。 - なじみのない人に対する社会的相互関係がうまく調節できないこと。
- 次のうち1つ以上の項目が該当すること。
(1)幼児期では、誰にでもしがみつく行動
(2)小児期の初期または中期には、注意を引こうとしたり無差別に親しげに振る舞う行動 - 上記の特徴については、状況の特異性のないことが明らかでなければならない。診断には、上記A、Bの特徴が、その小児の経験する社会的接触の全範囲に及んでいる必要がある。
愛着障害になり得る要因
家庭内の原因
母親の不安定な愛着、養育者の交代や喪失(養育者の死亡、入院、別居、離別など)、養育者の不在や関心低下、ネグレクト、虐待、両親の不和、子どもの遺伝的(先天的)要因、発達の問題、早期卒乳、養育者の精神障害など。
その他の原因
学校でのいじめや孤立、本人の病気や入院、引っ越しや転校、(成長してからの)恋人や友人との関係など。
特に12歳までの期間に両親の離婚や家庭不和などは、愛着障害をさらに深刻にする。また親の再婚は、ときとして心の不安定さや傷をさらに深めることになる。
愛着障害の診断
愛着障害を正確に診断する医療機関は少なく、愛着障害の多くは、発達障害や情緒障害、なんらかのパーソナリティー障害として診断されているのが実情である。
虐待など異常な家庭環境で育ち、無秩序型の愛着障害によって、ありとあらゆる心身の不定愁訴をもつ障害は、オランダの精神科医、ベッセル・ヴァン・デア・コークによって「発達性トラウマ障害」と名づけられているが、現状日本の精神医療では浸透していない。
愛着障害と発達障害
「発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療」の著者である精神科医、杉山 登志郎先生の研究によると、一般児童における自閉症スペクトラム(ASD)の有病率は1~2%であるのに対し、全体虐待児の5割に愛着障害、24%にASDが、20%に発達障害(ADHD)がみられるとのことである。
「発達障害は遺伝要因や先天的要因による神経発達上の障害」というのが、現在の精神医療における通念であるが、実際には虐待やネグレクトを受けるなど(無秩序型の)愛着障害に起因する障害の場合にも発達障害にそっくりな状態が認められる。後者の虐待やネグレクトなど後天的要因による障害は、発達性トラウマ障害(DTD)や複雑性PTSDに位置付けられる。
先天的要因による発達障害と後天的要因による障害の区別は非常に困難で、現在の日本の精神科の診断システムではいずれも発達障害の診断基準を満たすため、愛着障害と診断されることは非常にまれで、発達障害と診断されてしまうことが多い。
杉山登志郎先生によると、脱抑制型愛着障害では、ADHD、あるいはADHDに酷似した障害を伴いやすく、無秩序型愛着障害では、解離性障害や境界性パーソナリティー障害を抱えたのちにADHDになりやすい、とのことである。
また親のADHDや愛着障害は虐待のリスクを高めることや、虐待が社会経済的に不遇な階層に多いことも含めて考えると、ひとり親、貧困など社会経済的に困難かつ親に依存症や精神障害があるような環境では、虐待によるトラウマ、愛着障害、ADHDなどの三つ巴の障害状態を抱えやすい。
このように幼少時の愛着の傷や慢性的なトラウマ体験は、単に精神的な悪影響を及ぼすのみならず、子どもの脳の発達そのものに影響を及ぼす。そのため、愛着障害、発達性トラウマ障害をもつ子どもたちは、従来の先天性の発達障害(ASDやADHD)に似た症状を示すだけでなく、さらに深刻な発達の問題を招く。
愛着障害に関連する二次障害
- パーソナリティー障害(BPD)
- 解離性障害(DID)
- 発達障害(ASD、ADHD)
- アダルトチルドレン(AC)
- 慢性的なうつ症状
- 双極性障害(BD)
- 不安障害
- 摂食障害
- 物質依存、ギャンブル依存、ゲーム依存、インターネット依存、アルコール依存、薬物依存などの各種依存症
- 反社会性パーソナリティー障害
- 不登校、引きこもり
- 社会不適応
- その他不安障害全般
精神疾患だけで、多数の障害や病名を併せて診断されるのは、愛着障害に起因する精神疾患患者の特徴である。
もともと養育者の精神に障害があったり家庭機能に問題があったりする場合も多いが、子どもの行動障害や精神症状でさらに家庭機能が低下する場合も多く、社会経済的にも困窮して生活保護に頼って生活せざるを得ない状況を生みやすい。
愛着障害治療に向けたアプローチ
現在、日本の精神医療では「症状」のみを診断し、症状による診断名に基づいて薬剤の投与による対症療法のみの治療が一般的である。
薬剤による症状緩和をはかるのみでは、根本治療には至らない。医療依存、薬物依存を招き、中には薬物の副作用による二次障害や精神医療サバイバーを増やしているのが実情である。
ことに愛着障害の場合、心身の健康を支える土台としての愛着の安定に重点を置き、愛着機能が本来の機能を取り戻すよう改善を図ることが重要である。
愛着機能が本来の機能を発揮できれば、ストレス耐性や社会適応、幸福感、精神の安定が定着し、そこでようやく問題行動の改善も図れるのである。
実際のアプローチとしては、知識・経験を備えたカウンセラーによる精神療法と、自己の認識を改善する自助的なアプローチが必要である。
参照:
https://www.hitachi-zaidan.org/mirai/02/paper/pdf/okada_treatise.pdf
https://yumemana.com/labs/disorganized/